The History of Vibram

Vibramの歴史 | The History of Vibram すべては、ひとつの悲劇から始まった

1935年、イタリア・アルプス。登山家ヴィターレ・ブラマーニ(Vitale Bramani)は、仲間たちと登山に出かけていました。しかし天候の急変により、9人のパーティーのうち6人が命を落とすという悲劇に見舞われます。
原因のひとつは、当時の登山靴にありました。革底に鋲を打っただけの靴は、氷や岩の上では十分なグリップ力を発揮できず、下山を大きく遅らせてしまったのです。ブラマーニ自身は奇跡的に無事でしたが、この経験が彼のその後の人生を大きく変えることになります。
「二度と同じ悲劇を繰り返してはならない」
そう決意したブラマーニは、登山靴のソールを根本から見直すことを決意します。

Carrarmatoソールの誕生 – 1937年

ブラマーニが目をつけたのは、当時イタリアで急成長していたタイヤメーカー、ピレリ(Pirelli) でした。タイヤの製造技術である加硫ゴム(バルカナイズドラバー)を靴底に応用できないか——この発想が、登山靴の歴史を変えることになります。
1937年、ブラマーニはピレリの協力を得て、ラグ(突起)を備えたゴム製ソール 「Carrarmato(カラーマット)」 を完成させます。「Carrarmato」とはイタリア語で「戦車」を意味し、その名の通り無骨で力強いトレッド(接地面)パターンが特徴でした。
社名の「Vibram(ヴィブラム)」は、創業者ヴィターレ・ブラマーニ(Vitale Bramani)の名前から名付けられています。同年、イタリア・ガラーラテに最初の生産拠点が開設され、Vibramの歴史が正式にスタートしました。

K2初登頂、そして世界的ブランドへ – 1954年

Vibramソールの真価が世界に証明されたのは、1954年のことです。イタリア登山隊がヒマラヤの高峰・K2(標高8,611m)の初登頂に成功しました。隊員たちが履いていたブーツには、もちろんVibramのソールが装着されていました。
極限の氷雪環境でその性能を証明したVibramは、この快挙をきっかけに、イタリア国内だけでなく世界中の登山家・アウトドアブランドから信頼を集めるようになります。1945年に開設されたアルビザーテの工場は、現在も同社の生産・管理の中核拠点として稼働を続けています。

US Vibram – アメリカでの100年

Vibramのソールがアメリカに渡ったのは、20世紀初頭にまで遡る、もうひとつの物語があります。
1916年、マサチューセッツ州ノースブルックフィールドで Quabaug(クアバーグ)社 が創業しました。当初はフロアタイル、乳母車のタイヤ、アイスホッケーのパックなど、ゴムを使った日用品を手がける会社でした。
1964年から1965年にかけて、Quabaug社はイタリアのVibram社とライセンス契約を締結。これによりQuabaugは北米市場向けにVibramソールを製造する、アメリカにおける正式なパートナーとなりました。第二次世界大戦以降、両社は米軍向けブーツのソール製造にも深く関わり、アメリカのものづくりを支え続けてきました。
2010年、両社のライセンス契約は一度終了しますが、その後も緊密な協力関係は続きます。そして2015年から2016年にかけて、VibramはQuabaug社を正式に買収。自社としてアメリカに製造拠点を持つことを決断しました。この統合により誕生したのが 「Quabaug Vibram Innovation(QVI)」 です。
2016年には、ノースブルックフィールドでの製造100周年を記念し、5年間にわたる数百万ドル規模の設備投資キャンペーンがスタート。現代でも同地は、Vibram USAの中核的な製造拠点として稼働しています。現在ではポートランドやロサンゼルスにもデザイン・イノベーション拠点を構え、北米のアウトドア・フットウェア産業を支え続けています。

90年近くにわたる挑戦の軌跡

ひとつの登山の悲劇から生まれたVibramは、今や世界120カ国以上、1,000以上のブランドに採用される、フットウェア業界に欠かせない存在となりました。イタリアでの創業から、アメリカでの100年の製造史まで——Vibramのソールには、常に「人の足元を守りたい」という創業者の想いが息づいています。